便利な言葉?障がいを個性と表現する危険性とは?

差別撤廃を目的に、「障がいは個性だ」という表現をたびたび目にします。たしかに、障がいを、劣っていると決めつけてしまうことは差別につながりますし、さまざまな権利が奪われてもいけません。しかし、ただ安易に個性という言葉で収めてしまうことで、障がい者を傷つけてしまうケースもあり得ます。

「個性」の意味していることとは

一般的に「個性」という言葉が表現するものとはなんでしょうか? たとえば、几帳面であることや、背が高いこと。スポーツが得意だけれど、数学は苦手であること。モデルのようにスラッとした体型ではないけれど、とても愛嬌があるなど、長所や短所をひっくるめた、その人の特徴を「個性」と表現します。

そういった意味では、人とは少し違う、得意なことや不得意なことがが極端ではあるけれど、それもまた「個性」であると、障がい者を表現することも、間違いでないように思えるかもしれません。

たとえば、自閉症などであれば、コミュニケーションが苦手であっても、ある分野において素晴らしい能力と集中力を持っている場合が少なくありません。本人の価値を見出すために、「個性」と表現するのは、同じ人間として、仲間として評価し、友情をはぐくむうえで、適切なことかもしれません。

安易に使えば、傷つける可能性も!?

しかしながら、個性という言葉が、必ずしも障がい者に良い印象を与えるわけではないことも、可能性として考えておく必要があるでしょう。

たとえば、スポーツは苦手でも勉強が得意であれば、個性と呼んでも、多くの場合問題はないでしょう。しかし、もしスポーツ選手であったり、プロを目指したりしている人に、スポーツの能力において、他の人より劣っていることを「個性だよ」と表現した場合どうでしょうか?

つまり、本人が「こうしたい」「こうありたい」という理想や希望があるにもかかわらず、それが実現できない場合、安易に「個性だよ」と言うと、場合によっては相手を傷つけてしまう可能性があります。

とくに、痛みを伴う障がいや、障がいのために誰かに苦労をかけているという、自責の念がある人に向かって「個性」という言葉を使うべきかどうかは、十分に注意する必要があります。

自分の障がいを受け入れている人もいれば、望むならハンデを無くしたいと日々苦しんでいる人もいます。それらは状況により左右されるものであって、価値観や考え方だけで解決できるものではありません。

障がい者本人が自分の価値を感じて、初めて個性になる

ハンデを抱えてる多くの人にとって、生活や仕事といった日常の面で、乗り越えなければならないものがたくさんあり、その問題に対する実際的な解決となる援助を求めています。

その人にとって必要なことがなにか? もっと自由に何かを選べる環境を整えてあげられないだろうか? ということを「個性」という言葉で、ぼかしてしまわないよう気をつけてほしいのです。

一方で、そのような問題を解決してきた障がい者であれば、援助の求め方や、相手の気持ちを考えること、配慮の仕方など、人とは違う経験をしてきたからこそ、得られたものもあるでしょう。

障がい者自身がそのことに価値を感じ、ただ支えられるだけでなく、対等に支え合える存在になれたと感じられたとき、自身の障害について、いい「個性」だと感じる。これが理想的な形かもしれません。

状況や環境、立場によって、人は感じ方が異なります。他意はなくとも、「個性」という言葉をどう受け取るかも人それぞれ。自分が良い意味で伝えたつもりでも、上手く伝わらない場合があることを考慮に入れておきましょう。相手を定義するよりも、ただ目の前の感謝を伝えたり、気持ちを共有したりすることからはじめてみると、もっといい関係を築いていけそうです。

 


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